よい写真。

 最近、日本酒について書いた投稿の日本酒ビンの元画像を見直したら、これがけっこういい雰囲気で驚いた。
 「燗」の文字にピントがきていて、奥はボケている。全体的に暗めではあるけれど、静寂なトーンが漂う。ボトルに移り込んだ窓がアクセントになっている。120万画素のケータイ写なんだから、驚きもひとしおで。いまの標準的な800〜1000万画素のコンパクトデジカメで撮っていたなら、印刷物でも全頁くらいに使えるだろう、余裕で。
 こういう納得できる写真を、初手から意図して撮れるのがプロのフォトグラファーを名乗れる。(それにしても画像といっていいのか写真といっていいのか)

d0060094_1946414.jpg

 一眼レフカメラを初めて持った25歳の頃から10年くらい、いつかはマシな写真が撮れるようになろう、なりたい、なれるかもしれないと思って続けてきた。写真と文をどちらも遜色ないレベルで雑誌に載せられたらいいなと。
 でもそんなことはこの先も無理であろうと。そのあと悟った(遅い、と思う)。要するに、餅は餅屋である。ニコパチ(はい笑って〜、パシャッ)や事務的に[写っていればいい]ものは撮れても、クオリティが求められる撮影はできない。「カメラさんをつけてください」とこちらから逆オーダーする。
 彼らとコンビを組む時に要求する写真(画像)は、たとえばフォトコンテストの写真とは明確に違う。作品として美しい写真であってかまわない場合はある。けれど、編集意図に沿った範囲に入っていなければ、どんなに美しいカットも、決定的瞬間を捉えたカットも意味はない。まったくないのだ。

d0060094_20362798.jpg 撮るべきものを、誤解なく伝わる姿で撮っていること。余計な演出などしないこと。でも編集意図を伝えるために効果的な工夫があれば、臆せず取り入れること。取材前に打ち合わせはするが、一度取材に入ればディレクションしきれる訳ではない(こっちも話を聞かなければならないのだ)。絵になる、と思った光景は使うかどうかわかんなくても撮っておくくらいのバネ(瞬発力)も、なきゃ困る。

 そうしてなおかつ、後になって並べてみて作品としても見応えのある写真を撮れるフカメラさんは、最敬礼してつきあいたいものだ。右はそういう仕事ができる、仙台では数少ない兄ちゃんである。
[PR]
by columnbank | 2009-02-05 20:25 | いろいろ
<< 「お弁当の日」講演。 もう一度会いたい。 >>