塩サンマでお茶漬け。

d0060094_20433814.jpg 丸干しの塩サンマ、味は油に漬けていないアンチョビを想像してもらえると良い。ニガリ分のビター。風干しの旨味。
 酒のアテにした余りの身をむしる。ごはんにのせて、鍋あとのスープ(油揚げ、ハム、ダイコン千切り、ワカメ、白菜・・・要するに余り物の水炊き)を回しがけ、黒胡椒を挽いて、さくさくさく・・・。
 野菜をいっぱい使ったので汁が甘く、味のまとまりをくずしている。おかわりに、白湯をかけたらすばらしくおいしかった。
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# by columnbank | 2009-01-30 20:49 | 飯、菜、酒、肴

パハヤチニカNo.23。

d0060094_2051031.jpg 遠野の地域マガジン、パハヤチニカ(早池峰山のアイヌ語による古称とされる)。
 昨年4月の、薬師岳残雪ウォークと、その2カ月後に起きた岩手・宮城内陸地震のことを書いた。
 土石流の事故がなぜ起きたか、それは、山に生まれる水と深く関わっている。
 自然は恵みを与えてくれるが、試練として災厄ももたらす。収支で見たら、災厄は決して小さくないと思う。だから古来から人は山に鎮まってもらおうと、祈願してきた。五穀豊穣とワンセットになっている災いを減らしてくれるように。今回載せた写真のように、石の権現様(まぁ獅子頭みたいなもんです)や石碑が祀られている山は、1000mを越える頂であっても(いや、高いからこそか)ずいぶんと多い。
 幸福をつなぎとめるには、逃げずに、やはり山に向かうしかないのだ。
 遠野市のいろんなこ(道の駅風の丘とか)、盛岡市の本屋さんとかに並んでる、はず。
 


 仙台の関係各位へ配布に行って、布創作家[お多福]のりーより、生誕祝いを賜った。
「これに小金を貯めて、一部から大福におやつを返すように」
 ・・・頑張ります。
 
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# by columnbank | 2009-01-30 20:31 | 掲載誌

留守にゃん。

d0060094_10564578.jpg 花巻小屋には留守番ネコがいる。盛岡の南部鉄器工房[釜定]の箸置き。
 4〜5年前に、FAX電話器の送受話器コードが断線した。送受話器だけゴミにしよう。子機があるので通話に問題はない。ただ受話部受け皿の凸が常に押されていないと、当事務所はいつもお話中になってしまう。
 で、くだんのネコ箸置きに白羽の矢を立てた。受け皿にジャストフィット。重さもぴったんこ。重石のためだけに送受話機をつけとくよりすまーと。

 ナマの猫は鋭意募集中です。最近は避妊手術をしている猫が多いので、昔より探しにくいみたい。里親探しNPOも何かとメンドウだったりする場合があるらしく(いろいろあるとは思うけど)声かけてない。気長にいきます、あれは出逢いであり、授かりだから。

 ネコのこういう勾玉フォルムって、たまらなものがあるですね。
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# by columnbank | 2009-01-28 11:15 | にゃん。& 生きもの

雪、のち晴れ。

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 朝は音もなく降る雪であった。
 年が明けてから、たまにフクロウが啼いている。
 あまり早い時間ではない。
 夜半過ぎから、2時〜3時、そんな時間。
 昨夜も。


 親子で日向ぼこ。
 チビがだいぶ大きく見える。遠近効果である。

d0060094_15291958.jpg東北福祉大学の芹沢銈介美術工芸館で、
「芹沢銈介のデッサン」始まる。
 H先生、ご案内をまたもありがとうございます。
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# by columnbank | 2009-01-27 15:29 | 小屋ライフ

日本酒がおいしい。

d0060094_2053559.jpg左から・・・。
乾坤一・特別純米(けんこんいち/宮城県村田町)。
日高見・本醸造(ひたかみ/宮城県石巻市)。
南部美人「燗」(岩手県二戸市)。中身は本醸造。

乾坤一は、仙台の大姉&小姉にいただいた、はっぴバースデー。
ありがとうございます。感謝にたえません。
んふふ♥

d0060094_2143879.jpg南部美人「燗」、右隅に一文字。かなり大胆なラベルである。
これは花巻小屋にもっていこう。
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# by columnbank | 2009-01-24 21:08 | 飯、菜、酒、肴

最近のうまかったもの、ほか。

弟のリクエスト、「うまい焼き魚が食いたい」
で、女川漁港(クルマ25分)の魚屋で、氷の上でまだ生きているマコガレイを買ってきた。30センチオーバー、肉厚、子持ち! 
刺身でもいける鮮度をあえて焼く。うまくないわけがない。
アゴの下やほっぺに、よく締まった肉が隠れている。皮の焦げ目が、中心がレアの卵が、日本酒を呼ぶ。

d0060094_16334877.jpgd0060094_1634399.jpg
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 花巻小屋でのクッキング、onアラジンストーブ(取説には鍋類を載せるなとある)。サバ水煮缶はえらい。オリーブオイルとハーブでイタリアン。ごま油と花山椒にすればヌーベルシノワ(か?)。

 味噌焼きおにぎり、シソっ葉とともに。シソは葉も実も、塩漬けにしておくとほんとうに重宝。摘み頃の[段取り]がものをいう。
d0060094_16532268.jpg どんと祭(=どんど焼き:正月送りですね)で使った公民館の湯呑み茶碗が、丸盆と絶妙のプロポーションなのでパチリ。見えないけど底に「アサノヤ」とあるのは、まちの酒屋。公民館が建った時のお祝いだったのかも。当方が小さかった頃、父親はここで配達を仕事にしていた。サザエさんにおける三河屋(字の当て方は正しいか?)さんだったのである。
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# by columnbank | 2009-01-21 16:48 | 飯、菜、酒、肴

♪あなたが 噛んだ・・・

d0060094_225350100.gifd0060094_20353768.gifこの記事は住まいネット新聞[びお]のブログ集にもエントリーされる、はずです。

♫アタマが 痛い・・・
なんてギャグを、権現様に噛んでもらったあと小声で唄うオヤジがいたから笑っちった。どうしてくれんだよ吹き出してしまうじゃねえか、柄にもなく敬虔な気持ちなのに。

 石鳩岡神楽(岩手県花巻市東和町)の舞初にて。演目の最後に舞う祈祷権現舞で、権現サマが掲げた[体幕]の下を歩き(胎内くぐり) 、頭を噛んでもらって厄を払うのが、毎年頭のならわしになっている。その割に幸が薄いような気もするのだが(笑)、ご利益によってこの程度で済んでいるのだ、と思いつつ。

d0060094_21484384.jpg こっから笑い話抜きでいきますよ。

 主に早池峰流の神楽を追っかけて10年になる。そもそも自分はそうした郷土芸能に入れあげるほどの人間ではない、はずだった。一般論の範疇で理解と共感はするし、取材の対象として着目はしえたけれど、定期公演やお祭りに駆けつけるほどになるとは、夢にも思わなかった。
 松の木や鶴亀といった吉兆の意匠。太鼓や笛の、いかにも「郷土芸能らしい」旋律とリズム。第一印象はキッチュの一言。隠さずに白状すれば、どこかで古めかしいとも思っていた。そんな浅い第一印象を飛び越えたところに、洗練された美しさがあると気づくことができたのはつくづく幸いだったと思う。それは能や歌舞伎やバレエとは(これらのいずれも理解は浅いが)まったく質(たち)のちがう、農と山仕事に根ざした豊かな土の香りがする。

 時にユネスコの『世界遺産』、こんどは無形文化財の登録が始まるそうだ。石鳩岡神楽の本家(師匠)である、早池峰流岳神楽(たけかぐら)は、対をなす早池峰流大償神楽(おおつくないかぐら)とともに、日本からの登録第一号になる予定という。栄誉なことである。追っかけとしては心からお祝いを申し述べたい。
 一方で、こうした郷土芸能の存続はとてもむずかしくなっている。[世界遺産]岳も大償も、弟子神楽の石鳩岡も十数軒〜数十軒の集落。決して楽ではないはずだし、例外とは言えない(岩手の芸能に明るい、さるお方も気にかけておられた)。人口の減少、高齢化、少子化。ムラでの生活はかつてのように農や山仕事だけでは成り立たず、都市部への勤め人になっていることが公演を難しくする。
 石鳩岡神楽の公演は大小合わせて、年に50回を越えると聞いた。休日を返上し、時には仕事を休みとやりくりして、土日とは限らない縁日にまとまった人数が馳せるのは、ちょっとやそっとの思い入れでできることではない。それでも若手が後に続き、週一の練習に公演にとて頑張っていることにひたすら頭が下がる。
 実数などはわからないが、日本中で膨大な数の郷土芸能が受け継がれることなく消えているはずだ。世界遺産登録はきっと早池峰流神楽の励みになると思うが、決して永続を約束してくれるわけではない。一番大事なことは、神楽がこれから先もずっと舞われ続けること。それには、集落での暮らしが成り立たなければならない。トキを守るためには、トキが生きる里山ごと守らなければならないように。会社勤め〜雇用もさることながら、本来ならば米や野菜や木材が、正しい対価で買い支えられなければいけないのだ。そんな自然と寄り添ったなりわいを土として芽生え、育ったのが、神楽をはじめとする郷土芸能なのだから。

 下は、石鳩岡神楽保存会の会長を務めるNさん、[山神舞]の跳躍。そして扇のとりまわしが美しい「屋嶋舞」は、このお二人の十八番。
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# by columnbank | 2009-01-19 21:22 | 住めば都的トウホク

肉を食べる。

d0060094_13473578.gifd0060094_14104380.gifこの投稿は[環境goo・美しい味の日本]にもエントリーしています。


d0060094_13465012.jpg きら星のようなレストランを取材する機会はめったにないけれど、食材に丹誠込める農家へは何かとうかがっている。昨年の秋から冬にかけては、肉畜農場の取材が相次いだ(by 「家の光」)。一軒は黒毛和牛の繁殖〜肥育農場。もう一軒は、世界で最も権威ある(のかな?)レストランガイドで評価の星がついたという、イタリアンで使われている養豚農場。小さな農場を切り盛りする夫妻に、[星]の気負いなどはなく、秋田の長閑な山里で、のびのびと豚っこたちを育てておられた。完全遮蔽&冷暖房つきという最新の豚舎・・・ではなく、隙間だらけクモの巣だらけのオンボロ豚舎で。豚たちには、この環境が良いのだという。

 時に、世間では子供たちで豚を肥育して食べよう、というプログラムに挑戦した小学校があったようで、映画にもなって公開されている。みんなでかわいがって、情が移った豚を食べるか、食べないか。ディベートのシーンは台本なしと小耳に挟み、この正月に「ブタがいた教室」を観た。コアな意見がひととおり、子供たちの口から出そろった感じ。
「食べるってことは殺すことなんだよ」
「Pちゃん(豚の名)は食べちゃだめで、他の豚を食べればいいって、差別じゃん」
「豚は食べられるために生きてるんじゃない、ぜんぶ人間の都合だ」
 一日や一週間ではとても結論が出ず、卒業までの砂時計が聞こえそうな間際に至って追いつめられて行く子供たちの憔悴した、不安な目はなかなかリアルだった。

 食の本質を教える手法として、だいぶハードではあるだろう(極めるならば自分たちで殺し、さばく手法に思い当たるが、日本では法令でできない)。結論はどうあれ、命に向き合うことが大事、とは台詞にも出てきた。それはともかく、ペットとして育ててしまったスタートに少々の残念さを感じる。肉畜生産農家の協力で、出産してから出荷の日までを手伝う感覚で豚にかかわり、そのゴールとして自分たちで食べるか食べないかを考えたなら。また違った発見や意見が出てきたのではないだろうか。食べるために日夜育てている畜産家の思いがそこにはあるから。

 拙宅でもいま母牛&子牛が一頭ずつ居るけれど、かわいがり方は独特な感情がこもる。その思いが集約される一言は・・・。
「めんこいな〜高く売れろよ〜」・・・これじゃ。心からカワイイと思う。でも高く売れてこちらの懐を満たして、いずれはおいしく食べられてくれよ〜。そういう相反する感情が、全国の畜産農家一人一人の胸には矛盾することなく収まっているのだ。その辺も含めて、食べることの意味を、子供たちには考えてもらたいもので。

 思うに、全国に多数ある農業高校や農業科をもつ高校の敷地に、幼稚園や保育園があったら絶対いいはずなのに。おにーさんおねーさんと一緒に、余計なストレス(PTAとか)を気にせず、食と命を自然に学べる環境としてサイコーだと思うんだけど。

 ハラ減った。ガッツリ食べたいな、トンカツとかカルビとか。
 ちなみに写真はスーパーのトンカツではなく、岩手県紫波町にある牧場直営レストランの黒豚カツ。おいしおす。
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# by columnbank | 2009-01-12 13:54 | いろいろ

おやすみ、まみにゃん。

[ニャン賀状]をつくってから二週間。
1月9日から10日に日付が変わる頃、静かに、眠るように息絶えた。
21年間、ごくろうだったね。

d0060094_20554164.jpg 日一日と、動きは鈍くなってきていた。いよいよだな、と感じてミカンの空き箱に毛布を敷き、中に収めたら、もう出ようという気配はなかった。ゆっくりと呼吸に波打つ胸。それでも時折、何かを思い出したように顔を上げて外を見る。焦点は定まっていず、ここではないどこか遠くを見ているようだった。

 写真は、これまで撮った中でいちばん貫禄がある一枚。5年くらい前のもの。
d0060094_2102593.jpg 折しも、弟が正月のラッシュをはずして8日から帰省していた(写真はミカン箱のまみにゃんに寄り添う彼)。まるで、帰りを待っていたかのような逝き方である。
 弟が高校を出て就職した昭和63年の春、我が家へもらわれてきた。ちょいと早めに親から離されもらわれてきた[まみにゃん]。弟が一時帰省した折り、夜中に布団に入って来て手指をちゅっちゅと吸った、と当時を懐かしむ。
 そもそも家族以外の人間がになつかない人見知りネコだった。他人に近寄らないどころか、茶の間に知らない人間がいると、奥の部屋へ隠れてしまうほど。けれど、弟だけはどんなに久しぶりに家に帰って来ても、忘れることはない。膝の上でゴロゴロといつまでもくつろいでいた。

 朝、季節はずれの雨が降る中、氏神さんを祀る屋敷林の一角を掘って、休ませてあげた。カリカリふーどをひとつかみと、黒豆せんべいを半分御供え。ゆっくりおやすみ。いっしょに生きてくれてありがとう。おまえがいてくれたことで、うちら家族がどんなにおだやかな気持ちでいられたことだろう。人に換算すれば、どう計算しても100歳以上。ほんとに、ほんとうにありがとう。
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# by columnbank | 2009-01-10 21:25 | にゃん。& 生きもの